社会法人 日本家政学会

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コラム:知って、なるほど情報

テーマ「災害と生活継続計画」

別府 茂

1.はじめに
 2011年3月11日に東北地方太平洋沖で発生したマグニチュード9.0の地震は大津波を引き起こし、戦後最大の災害となる東日本大震災をもたらした。死者は15,544人、行方不明は5,383人(7月9日現在)となり、最大被災者数は40万人を超えて人数だけで言えば日本人のうち300人に一人が被災したことになる。この地震、津波によって被災地では道路の損壊、ガソリンなどの燃料不足が発生、避難生活初期に救援物資支援の遅れを引き起こし、被災者は広域で長期間にわたってライフラインのない中、厳しい避難生活を続けなくてはならなかった。加えて、福島県では原子力発電所事故が発生し、他の都道府県への長期避難生活も発生している。
 東日本大震災では、津波の高さなどが想定を大きく超えて被害が拡大したことから、想定そのものを見直す動きとなっている。防災対策では、死傷者と経済損失を低減する取り組みは最も大切である。さらに、東日本大震災の教訓を踏まえた長期にわたる被災生活における減災対策も必要であり、そのことは日々の暮らしのあり方にも大きな関わりがある。

2.災害の想定
 日本は世界の土地面積の0.25%を占める国土を有しているが、2000年~2009年の10年間にマグニチュード6.0以上の地震が発生した回数は、世界全体の1,036回に対して日本では212回となっており、世界の20.5%を日本が占めるという土地面積に比べて極めて多くの地震が発生している地域である。また、日本で死者の発生した地震は、1995年に発生した阪神淡路大震災から2011年の東日本大震災までの17年間に10回発生しており、地震多発時代に入っている。
 宮城県地域防災計画では、宮城県沖(連動型)でマグニチュード8.0の地震が発生すると想定し、その確率は30年以内に99%というものであったが、実際は想定を上回る大きさの地震と大津波が発生した。今後も全国各地の断層型直下地震のほか首都直下地震、東海・東南海・南海など広域で発生する地震が想定されており、さらに防災意識の高まりと地域防災計画の充実が必須となっている。
 地震の発生が想定されている地域では、多くの自治体が地震の大きさだけでなく、地震による被害の具体的な程度についても発生季節や時間帯を考慮した被害想定を検討し、人的被害(死者数)と家屋被害(倒壊や焼失数)などを地域防災計画の中に盛り込んでいる。この目的は、減災活動を推進し被害の低減を図ることであり、自主防災組織の活動などに役立てようとするものである。

3.防災対策と事業継続計画BCP
 平成18年4月 中央防災会議は、東京で発生すると考えられる首都直下地震を想定した地域防災戦略を発表した。東京湾北部地震がマグニチュード7.3の規模で冬の夕方18時に15m/sの風速下で発生すると、最悪11,000人の死者と112兆円の経済損失が想定されている。この被害を10年間で半減することが防災戦略の目標であるが、具体的な対策には、住宅・建築物の耐震化や密集市街地の整備などがあり、企業が事業継続計画を策定することも4兆円の経済損失を減少させる効果がある対策としている。企業が災害によって事業運営が困難となると経済活動は停滞し社会的損失を生ずるため、できるだけ早く災害のダメージから立ち直る必要がある。企業が災害や事故などで被害をうけても、その企業が存続するために必要な重要業務をなるべく中断させず、また中断した場合でも目標時間内に復旧させる計画を災害前から策定することが重要である。事業継続計画の必要性は、アメリカでは9.11テロ事件において、日本では新潟県中越沖地震での自動車部品メーカーの地震被災によるサプライチェーン停止をきっかけに明らかになり、東日本大震災でもサプライチェーンの途絶などが多数発生したため、導入の検討が進んでおり、次の災害への備えが各分野で進んでいる。

4.災害意識と生活環境の変化
 東日本大震災の津波と被害の様子はテレビなどで放送され、日本だけでなく世界中の人々が自然災害による被害の大きさを目の当たりにして驚愕した。しかし、自然災害は過去に繰り返し日本を襲っている。有史以来、日本では大地震、火山噴火、台風、高潮など多くの災害が続き、大災害のほかにも天候不順などによる飢饉、戦争などによる被害が発生してきた。このため、いつの時代でも災害への備えを行うとともに、自然災害、気候変動の影響を受けにくい豊かな生活を目指すことを夢としてきた。
 1923年に発生した関東大震災から1995年の阪神淡路大震災までの約70年間は、都市型の大災害が少なく、多くの住民は災害への備えの意識が薄れていたかのようであった。また、この間、日本では目覚しい経済発展より快適で便利な生活を実現できるようになった。ライフラインの整備が進み、電気、ガス、上水道はもちろんのこと下水道、携帯通信の利用も日常のこととなっている。この発展は、水と安全はタダといわれた時代に、電気の大量使用下で急速に進み、私たちの生活は一変した。現代生活では家庭での料理や裁縫の機会は少なくなり、加工食品や衣料品が生活を支えるようになった。コンビニやスーパー、自動販売機は24時間いつでも利用でき、自宅にいながらにして全国の特産品が届く宅配サービスもあたりまえとなっている。冷凍・冷蔵のコールドチェーンは、自宅での料理の代わりに多種多様な弁当や惣菜を提供している。これらのサービスは、きめ細かな情報と物流のネットワークによって支えられ、サプライチェーンを構成することで配送のスピード化とコストダウンを図ってきたが、社会基盤であるライフラインを前提している。ひとたび地震などで、長期間にわたって情報・物流網が使用できない場合、生活を最低限継続するための飲料水や食品の買い置きがなければ、健康面への影響は大きい。2010年の夏は猛暑が続き熱中症患者が多数発生した。連日、水分補給で熱中症を防止するように喚起を促していたが、このとき、周囲の人に水の買い置きの有無を尋ねても、買い置きしている人は多くなかった。水道からいつでも飲める、自動販売機もコンビにも24時間利用でき、買い置きの必要性は日常生活では感じることはないということだった。しかし、猛暑と地震が同時に起こらないということはない。実際に関東大震災は9月1日に発生している。

5.生活と危機管理
 首都直下地震の想定では火災と倒壊家屋が多数発生すると考えられ、被災者の想定数は650万人と日本人20人に一人が被災する割合となる。また、電車などの公共交通機関が停止するだけでなく火災や停電の発生する中、400万人の帰宅困難者(平日、日中の発生として)が発生すると見込まれている。このような大量の被災者に必要な飲料水や食料は、公助(行政による支援)だけて支えることは難しい。行政の職員も被災するほか出社困難者となる可能性は大きく、マンパワーそのものが不足すると危惧される。また、通信や物流の機能は大きく低下すると考えられ、通常よりも行政サービスレベルが上がるということは考えにくく、期待しても間に合わないことも想定しておかなくてはならない。このため、住民一人ひとりが自助として災害時の生活継続のための危機管理が必要となっている。また、企業が事業継続計画BCPを策定していても、従業員とその家族が家の耐震性の向上や家具の固定などの防災対策のほかに、被災生活の対策も講じていなければ計画の実行可能性は低くなるため、事業継続計画と同時に従業員の生活継続計画も不可欠となっている。
 一方、被災者といっても被災者全員が、避難所に向かうわけではない。消火や倒壊家屋からの救出など初期対応に従事する被災者も大勢おり、その役割は重要である。首都直下地震で想定されている650万人の被災者の内、少しでも多くの被災者が助けられる側から助ける側になり、救出、初期消火などの災害初期対応に協力できれば、減災効果は高まる。さらに事前に被災時の活動を想定した準備をする住民が増えることは、災害時の支援業務に余裕を生み出し、減災効果につながると期待される。

6.生活継続計画
 長い間、いつでも飲める飲料水を長期間備蓄するということは不可能であった。水を飲むためには、井戸の水であっても、ろ過や熱湯殺菌などで安全な飲料水にしなくてはならなかった。このため、災害時に安全な飲料水を入手することはさらに難しかった。
 上水道が普及後は、災害時には給水車による被災地支援となり、1995年の阪神淡路大震災では全国から多数の給水車が応援に駆け付けた。一方、ペットボトルの飲料水の普及につれて災害時にも活用できるようになり、2004年の新潟県中越地震では大量のペットボトルが救援物資として被災地に届けられた。ペットボトルの飲料水の登場によって、備蓄や買い置きが可能で、いつでも開封するだけで飲める安全な飲料水を利用できる時代となった。
 災害時の食では、飢饉や戦争を想定したサバイバルのために食糧備蓄する時代が続いたが、近年賞味期間の長さを特徴とした大災害専用食品を非常食として備蓄するようになった。しかし、備蓄期間の長さは災害発生前の問題であり、災害時にライフラインが途絶し調理できないときに役立つ食品を条件とする必要があることが分かり、これを災害食という概念とすることが検討されている。備蓄期間の長さを条件とするのは、公助としての行政が行う備蓄において備蓄期間中に災害がない限り利用することがない場合の課題である。一方、自助として自らの家族や仕事のために用意する場合は、日常生活の中で利用することが可能であり、3年、5年という長期の保存性は不要である。また、賞味期間の長さを条件としなければ、選ぶことができる食品の幅を大きく広げることができる。このときの条件としては、災害時の使用を前提とするため常温保存ができること、調理済みであることが大切である。具体的には、主食ではパックご飯、もち、カップ麺、副食ではレトルト食品、缶詰・瓶詰め食品などを活用できる。特に缶詰は、肉、魚、野菜、果物、飲料など多種多様な製品があり、被災生活が長引いたとしてもメニューを広げることができる。おかゆや介護用食品などもレトルト食品として生産されており、食事に日ごろから援護が必要な高齢者などにとって平常時にも災害時にも利用できる食品である。また、同時に水の買い置きと共にカセットコンロなど用意し、お湯を作る準備をすることが大切である。お湯は様々な加工食品を温めるために必要であるほか、乳児用の粉ミルクを溶かすことにも、哺乳瓶の洗浄・消毒にも使用できる。このように現代の生活には災害時にも役立つペットボトルの飲料水や食品は既に開発されている。電気やガスが途絶していてもカセットコンロなどで、簡単にお湯を作ることも可能となっている。これらを組み合わせて、災害前に買い置きして時々使用する生活が災害時の生活継続にとって大切である。
 これまでは災害はないと期待する気持ち、災害時には普段の食品は利用できないという思い込み、出来立て新鮮な食品ほど価値があるのではないかという意識、災害時には大災害専用食品が必要という教訓などから、普段の利用する食品を災害時の備えに利用とすることは進まなかった。今後は、普段の生活でもおいしく利用でき、災害時の生活を支え、保管流通にエネルギーを使用しない特性を持った食品を増やすことが大切である。このためには、さらに多くの食品製造メーカー、ライフラインの代替メーカーの取り組みが必要であり、消費者が日常的に利用しながら災害に備えるという生活意識の変革も条件となっている。

著者紹介
別府茂 ホリカフーズ株式会社取締役、新潟大学大学院客員教授
新潟大学農学部卒業後、堀之内缶詰(株)(現ホリカフーズ(株))技術課配属。企業内研究者として介護食、非常食の研究・開発に従事。専門分野は食品加工技術論、介護食、災害食。「災害時における食と福祉」(光琳/2011年 共著)など災害に関する著書多数

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